たぶん覚えてらっしゃる方も少ないと思います。「俺はカニだ、横に歩くのは、俺の勝手だ」というテレビCMがあったんです。
落語には、こんな小噺もあります。
「カニっていうのは横に這うもんだけど、このカニは縦に這ってるねえ」
するとカニが、
「少ぅし、酔ってるもんですから」
ここから本題です。7月はじめのある晩、夜道を歩いていると足元を小さな陰が横切りました。ネズミかなと思ったけど、ネズミなら一気に駆け抜けて逃げていくはずなのに、少し離れたところに留まっている。少し角ばっているようで、ネズミのシルエットとは違う。近づいて見ると幾本もの脚が踏ん張っている。蜘蛛かな?
これが本州なら、大きなアシダカグモかと思うところですが、ここは北海道小樽市。ネズミと見紛うような大きな徘徊性の蜘蛛はいません。造網性のオニグモの成体ならありえるが、どうも違う。クワガタムシなどの昆虫類とも違う。よーく観察すると。
カニでした。甲羅の横幅5センチくらい。脚を含めると十数センチくらいの大きさかな。立派なカニ。しかし、いくら小樽が海に面しているとはいえ、見つけたのは海から数キロ離れた住宅街で、しかも山裾に近い坂の上です。イソガニやケガニ、タラバガニが散歩してくるには、ちょっと遠い。
海から来たのでなければ、淡水性のカニなのか。サワガニとかモクズガニとか、淡水性のカニは存外多い。ですがこの近辺にカニがいるというハナシは聞かないです。ご近所でカニがいるかどうかを話題にしたこともないけど。そもそも、カニが棲むような川がない。山裾には小さな清流があって、ニホンザリガニがいますが、カニはどうか。
不思議でたまらず家に帰るのも忘れて、じっとカニを見つめていると、カニは照れたのか取って食われると見の危険を感じたのか、そそくさと道を渡りはじめ、やがて坂道の反対側の草むらに姿を隠しました。
あれは絶対にカニでした。見間違えるはずがない! 問題は、どうして、そこにカニがいたのか、です。
その晩は考えに考えて(他に考えることがないから)、いくつかの仮説を立てました。(1)裏山の小さな清流にもカニが棲んでいて、ときどき用事ででかけたり、途中で迷子になる奴がいる、(2)どこかの家で飼育していたカニが逃げ出した。たぶんエサがもらえないネグレクトか、無理に芸をさせようとする虐待が原因、(3)子どもが海でカニを捕まえてきてバケツに入れて外においていたのが脱走した。たぶん本能で海に帰ろうとしてのだろうが、帰りつけたかどうか。
ざっと3つくらいが考えられます。(3)の可能性が高いかもしれません。カニを目撃した翌朝、その近所の家を見て回ったら、カニがいないと泣いている子どもを見つけたかもしれませんね。
「きみきみ、カニならゆうべ、あっちへ歩いていったよ」
「おじさん、誰?」
「きみ、そこはハンサムなおじさん、と言わなきゃダメだろう。イケメンおじさん、イケおじでもいいよ」
「逃げたカニを見つけたのに保護しないって、無責任じゃない? 保護責任者遺棄致死罪だよ」
「死んだと決まったワケじゃないだろう」
「見つけただけで捕まえておかないなんて、使えないオヤジだなー」
「捕まえたところで、海のカニか川のカニかもわからないんだ。生かしておけたかどうか」
「おじさんがカニを食べちゃったんじゃないの?」
「バカをいえ、カニは好きじゃないんだ」
「ま、いいけど。代わりのカニを獲って来てよ。責任とってベンショーね」
「生意気なガキだなー」
と、ここでケンカになって、警官が駆けつけたときには、ハンサムで上品な中年紳士が小学生に負けて泣いているというオチがつきます。どうして? きっかけがカニだけに、泣きぬれて戯れます。
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