いつもコメントくださる海さんのブログ記事で粋な人たちが紹介されています。
マンガ「寄席芸人伝」は、ぼくも若い頃に愛読した記憶があります。まあ中には臭くって見ちゃいられないものもありましたが、面白くて、海さんの言い方を真似るなら「グッとくる」ものも多数ありました。どちらかというと、人情とか心意気みたいなものを全面に押し出さないほうが面白くてグッときたかな。主に落語家を描いたマンガなんですから、そういうことは笑いで韜晦しなくてはいけません。
「粗忽の使者」を演じている粗忽な噺家が、粗忽者の使者が自分の名前を忘れるという、こうして説明しようとすると難しい場面とか。舞台の袖から楽屋に向かって「おーい、粗忽の使者の名前は何だっけ?」と尋ねるところなんざあ、グッときますよ。
高齢の名人が、現代(と言っても連載当時だから昭和の終わり頃か)の若い前座たちの事情に唖然としながらも、ラストで「あたしたちのほうが幸せだったんだ」と感じるシーンにグッときました。
このエピソードでは、楽屋でお茶を運ぶ際に不注意な前座に対して、「そういうときは、お湯が通ります、と声をかけるもんだ」と高齢の名人が注意する場面も好きなエピソードです。
ぼく自身、熱いものをもって人の背後を通るときは「お湯が通ります」というようになり、今でも言ってます。それを見て育った娘も、同じことを口にしたときもグッときました。
ビートたけしがモデルなのかと思われる生意気なヤツなんだけど実力派の二つ目が、真面目で師匠思いだけど不器用な二つ目を差し置いて真打ちに推挙されるとか。噺家に惚れ込んで専属の車夫になった男が死ぬ間際に、聞き覚えの落語を語るのを聞いてもらうとか(しかも名人芸の域に達していた)、グッとくるところばかりが思い出されます。
幇間の弟子にされた噺家とか、勘当された若旦那が噺家修行をするとか、リアリズムを追求して真冬の鰍沢で実際に遭難してみるとか、思い出せるエピソードは数限りありません。と、言っても読んだコミックの収録数の範囲内ですが。
と、いくら思い出したところで、海さんが紹介していた半鐘亭火事太にはかないません!
あんなバカバカしいヤツぁ、いませんね(褒めてます)。空前絶後のバカバカしさですよ(くどいようですが、褒めてます)。
この記事へのコメント
海
本当に、よく覚えてらっしゃいますね!
どのエピソードも目に浮かびます。
いつどの巻の、どの話からでも読めるので
時間が空いた時に、ちょこっと1話読んで
また本棚に戻す、なんて感じです。
まるで、ちょこっと寄席を覗いて1席だけ
楽しむような気分ですね(笑)
しろまめ
コメントありがとうございます。
まあ、近頃はあれだね、チケットが取れないなんていう人気の噺家もいるなんざぁ、けっこうなことかもしれねえけどさ。寄席なんてもんは、ぶらりと暇つぶしにへえって(入って)、一席かそこら、笑ったり、人情噺なら泣いたりしてね、そうしたら、さてって感じで出るくらいでちょうどいいんでぃ。
ちょうど、なんつったかな、そうそう、寄席芸人伝ってマンガ、あれをひょいと手にとって、ひとつ読んで棚に戻して、次の仕事にかかろうか、てなもんさね。
喫茶店で何冊も続けて読むもんじゃあねえよ、あんなもんは。え?、喫茶店で何冊も読んで珈琲一杯で午後いっぱい粘ってたのはお前だって?、ああ、そういうこともあったねえ。若かったからねえ……。今じゃあ、あんな真似はできねえや。腰が痛くならあ。ここらでいっぱい、マッサージ機が怖い、なんつってな。