
※画像は善光寺HPからの借用です
先日、長野の善光寺から「びんずる尊者像」が盗み出されるという事件が起こりました。「びんずるさま」とも呼ばれて親しまれた像です。幸いにも犯人はすぐに逮捕され(その後、責任能力云々で不起訴処分)、びんずるさまも善光寺に戻ることができました。
「びんずる尊者像」は、「撫で仏」とも呼ばれています。
像を撫でさすると、自分の体の不調を治してくれるご利益があるのだとか。
ニュースで映された「びんずる尊者像」は、なるほど多くの人々に撫でられたとみえて、全身がなめらからに摩耗しており光沢すら帯びていました。
特に顔の部分が、摩滅したようにすり減っていたのが印象的でした。
たぶん、目の悪い人が目の周りを撫でたのでしょう。
このことから見て、「びんずる尊者像」にすがった人々で一番多かったのは盲人だったと思われます。
目の見えない人が善光寺に参るのもたいへんだったと思います。しかし足さえ達者ならば、目の見える人が介添えするなどして旅はできたのでしょう。
一方で足の悪い人が「びんずる尊者像」を撫でに善光寺を訪れるのは、目の見えない人以上に困難だったに違いありません。自動車もない時代、足が悪い人の移動の困難さは今とは比べようもありません。
昔は公共交通機関があったわけでもなく、道が舗装されていたわけでもなく、スマートフォンをナビにして方向を見定めることもできなかったのです。目が見えて足が達者で食欲が旺盛で酒が好きな人でも、旅は今のように簡単ではなかった。
そういう時代に、はるばる善光寺に参って「びんずる尊者像」の顔を撫でた人たちの気持ちを想像してみようとしましたが、うまく想像できませんでした。
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