サッド・デスク・ランチ

イーグルスの曲で『サッドカフェ』というのがありましたね。それとは全然関係ないのですが、先日読んだ津村記久子の『現代生活独習ノート』の中の『粗食インスタグラム』は『サッド・デスク・ランチ(sad desk launch)』という実在するウェブサイトを題材にしています。実際のサイトよりも、『「悲しいランチ写真」だけを集めたサイトがマジで悲しい…』という紹介記事のほうがわかりやすいかもしれません。

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実際のところはわかりませんが、オフィスワーカーがお弁当(自作、買ってきたを問わず)を食べる場合、大半は自席で食べることが多いのではないでしょうか。社員食堂や食事にも利用できる飲食スペースが確保されている企業がどれくらいあるのか。だれもが知っている大企業ならともかく、日本の大多数を占める中小零細企業では、そんな福利厚生は期待できないでしょう。ぼくの勤務先にも、そんな気の利いたものはありません。

サッド・デスク・ランチは直訳すると「デスクで食べる悲しい昼食」ですが、「悲しい」というよりは「わびしい」くらいのニュアンスじゃないかなあ……。と思って、手元にあったベーシックジーニアス英和辞典でsadを引いてみたら、原義の中に「うんざりした」が含まれていました。意味としては、第一に誰もが知っているであろう「悲しい」、第二に「悲しみ(哀れ)を誘う」、そして「悲しそうな」、「ひどく悪い、嘆かわしい、みじめな、始末におえない」などと続いていました。原義に「うんざり」があり、「哀れみを誘う」という意味合いからして、「わびしい」というニュアンスはそうそう的外れじゃないのかな。

ですから「デスクで食べる悲しい昼食」ではなく、「デスクで食べるわびしい昼食」、あるいは今風の言葉を使って「しょぼいランチ」でもいいかもしれません。「デスクのランチはしょぼくなる」とか「デスクでランチをとるとなぜしょぼくなるのか」という新書のタイトルみたいにしてもいいかも。

ちなみに、ぼくはデスクでランチを食べる時、それほど「わびしい」とも思いませんけどね。ただ、建設業界の弊風で食事が終わると消灯するのが困りもの。粗忽な社員がいると、ぼくがまだ食べているのに照明を消したりするんですよ。以前は我慢して、パソコンのディスプレイの明かりだけを頼りに薄暗い中で食べていました。あれは確かにわびしいですね。最近では上品でハンサムな老紳士の風格を武器に、「まだ食べているんだか消さないでくれ」とお願いしていますけども。

あと、机が汚れないように不要になったプリントアウトを裏返してランチョンマットの替わりにする、というのもかなり貧乏くさくて「しょぼくてわびしいランチ」に拍車をかけます。でも、食後に机を拭くのが面倒ですから、やっぱり敷いちゃうよなあ、いらなくなったプリントアウトとか。



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